2015年4月25日土曜日

4/22 団体名が決まりかけました。 / 4/24 そして決まりました。


そう遠くない前の記事にて、団体名が決まっていませんと書いたのち、その日のけいこ場に集まったみなさんへアナウンスをして一週間がたった22日の稽古の前に、一人二個ずつ考えてくるように、ということになっていた団体名をそれぞれが発表しました。


結果的に22日の時点ではまだ決定しなかったその「団体名」なわけですが、一応、アクターズラボのしきたりとして決めているだけなので、実は「劇研アクターズラボ村川拓也 第一回公演」とかでもチラシを作ることができるし、実際のところコンセプト自体は確かに一番わかりやすいと言えば、まあ、わかりやすいわけで、みんなからもらった団体名案の中にも「劇研アクターズラボ+村川拓也」というのも確かにありましたが、村川さんからは、投票中に何度か、攻めたほうがいいよ、という言葉が聞かれ、確かになんとなくおさまりの良い団体名よりは、一回で覚えられるような攻めたものがいいのではありますが、村川さん、いち押しの(これは票が集まらなかったのですが)、「ちよこれいと」という案にはいささか驚いたというよりは、攻めすぎなのではないだろうか、とも思ったりしました。


結果的にその日は投票だけをして、票が多く集まったいくつかのものを候補として、また後日、ということになりましたが、実はすでに決まっていて、それというのも今週は稽古が3回(!)しかも連続で(!)行われましたので、この三日間で決まりました。



そして4/24になりまして、一人だけ期日前投票があったのち、そこに集まった受講生たちによる投票が行われたわけなのですが、ホワイトボードに書かれたいくつかの候補の横に正の字を書き足しながら、ついに決まった団体名なのですが、割とあっさりここで紹介させていただくと、受講生のアキヅキさん(漢字が変換できない)が立候補させた 「ベチパー」 という団体名に決まりました。

というわけで、改めまして、初めまして、私たちはベチパーです。


後で聞きましたが、ベチバーという植物があるそうです。
お暇があれば調べてみてくださいませ。
というわけで、団体名も決まりましたが、特に何も変わることなく、稽古はこれからも進んでいきます。


2015年4月16日木曜日

4/15 Colorless green ideas sleep furiously



色のない緑の概念が猛然と眠る、という一文があって、例えば感受性が豊かであればそこから詩の楽しみを感じても構わないと思うし、批評家的な気分でもって隠喩的な意味を探すことさえ出来るかもしれないその、言語学者ノーム・チョムスキーのよって作成された、Colorless green ideas sleep furiously、色のない緑の概念が猛然と眠る、というそれは「文法は正しく」「内容的には無意味な文章」の例文として発明されたものでありました。


とはいえ、獰猛に眠る、というその言葉に、もしかしたら何かの意味を感じることは出来るのかもしれないし、その、何も意味しない言葉、というシニフィエのない純粋なシニフィアンに立ち会うとき、意味を求めてしまう態度は、例えば夢診断なんかで一喜一憂することに似ているのではないでしょうか。


そんな話をするのも、村川さんはよく、自分で指示をした演出に、わからない、とか、なんでそうなっているのだ、と言って、事後的にそれが何であるかを発見するのですが、それは演出家というよりは、むしろ一人の観客としてそこに何があるのかを食い入るように見ているのかもしれません。


サミュエルベケットは「クワッド」という小作品にて、顔を隠した俳優4人が決まったパターンの歩行を機械的に繰り返すだけの作品を上演しました。

https://www.youtube.com/watch?v=LPJBIvv13Bc


そこにいる人が、そこにいる必然性さえないままただ同じ動きを繰り返すことを、例えばアウシュビッツにおいて、人として死ぬことができなかった人間たち(いる、のに、いない)という批評ができるのかもしれないし、実際にその(存在/非存在)はたとえば私じゃないという作品などにも登場し、そして多く語られてきたはずです。


いないいないばあ、という遊びは、いる、いない、の繰り返しで、それはFoet-Daという遊びとして、糸巻きを投げて、引き戻して、また投げて、という子供の遊びと同じく、一度失くしたものを再び手に入れ、帰還と消滅の繰り返しだ、なんていう難しい話があるのですが、不意に稽古場で現れてくる「人形の家」と、再びいなくなってしまう「人形の家」の繰り返しは、一度、バラバラに分解されたいくつかのテキストの言葉たちが、再び、遠回りの結果に人形の家に回帰していく過程として稽古場にはあって、失くしたり見つけたりを繰り返しながら、稽古が着々と進んでいます。


2015年4月15日水曜日

4/2 4/9 そういえば、団体名が決まっていません


今回、それなりに期間が空いてしまったのは、本当に単純に書き手の怠慢そのもので、今日からまた改めて稽古場でどんなことがあったのかということをアレコレと書いていこう、と決意したものの、実際、今までの稽古と変わらず最近もずっと、人形の家の序盤のシーンを繰り返しているので、もちろん、毎回の稽古の中で少しずつ変化をするものの、いつまでもイプセンのことばかりを書くのもあれなので、たまには別の話題を書くべきだと思いつつ、半分は講師の村川さんへ、どこかで時間をとりましょう、とお伝えする意味を込めて(というのもやっぱり稽古を進めていきたいという気持ちはあるので)こんなタイトルになりました。


団体名が決まっておりません。


一応、アクターズラボ+村川拓也とはなっていますし、どういう集団なのか、ということも非常にわかりやすいので、このままでも良いとも思うのですが、3年計画で進む予定の劇研アクターズラボですから、せっかくなので3年間つづけて使うことのできる団体名を、そろそろ、決めて、そうして、劇研のHPにて公開したいとは思っているのでした。


団体名をつけたとして、これは村川拓也+アクターズラボである事の注釈は必要にはなるのですが、たとえば3/11 representのブログで全くイプセンには関係のないソンタグの写真論なんかを引用したりしながら稽古について考えたりすることは、イプセンの言葉に凹凸(おうとつ)をつけるように、村川さんの稽古は、テキストに書かれた言葉に身体がより多くの注釈をつけることや、あるいはテキストに書かれた注釈を排除することで、人形の家は凸凹(でこぼこ)になっていくのです。



そんなこんなで稽古が進んでいる村川ラボですが、一応、もう一つ決めたいことがあって、途中で一回だけ寄り道をしたものの、基本的には人形の家をずっと続けているこのクラスにて、上演されるのは「人形の家」で決定なのか、そうではないのか、ということで、ただ、このクラスで行われている「人形の家」は、いわばごく当たり前にテキストに従って進んでいくようなものではなく、登場人物の言葉や仕草の意味を脱臼させるようにして、少しずつそのあり方を外していくような方法で上演されるかもしれない「人形の家」が、はたして「人形の家」と呼ぶべきなのか、ということと、それでもやはりそれは人形の家から抽出された様々な要素で出来上がっている以上、「人形の家」である、ということは間違いないのではあるのですが、実はまだどこにもはっきりと、人形の家を上演する、ということが明記はされていなくて、村川拓也とアクターズラボ受講生による人形の家、が上演される、と、もうそろそろしっかりと公表してもいいのではないだろうか、とも思っているのですが、果たして受講生とともに村川さんが陥没と隆起を作りつつある「人形の家」が、9月に公演される、ということで決定で良いのかということも、これは「人形の家」ですか? ということも含めて、改めてちゃんと決めないとなあ、と思うのでした。

2015年3月21日土曜日

3/18 人形の家に一歩前進二歩後退



というタイトルはもちろん比喩的な意味で、少しずつ先に進んでいるという事を伝えるつもりで書いていて、結果的に少しずつ後ろに下がっているのは、このブログにて何度も書いておりますが、相変わらずイプセンの人形の家の制度的な囲いから離れようとしていて、つまり、ごく普通の人形の家から離れてつつ、新たなやり方で人形の家を上演しようとしているこのクラスでは、二歩後退、という事のほうがしっくり来るのでした。


それに、実際の稽古でも、同じところを何度も何度も繰り返し、少しずつ修正、というか変化していく過程を村川さんは見ているわけですが、最近の稽古では主に序盤の30分程のシーンを繰り返ししつこく行って、どことなく定まらないまま、その定まらない宙吊りの時間を認めながら、最初のシーンからやり直し、というのはまさしく、一歩前進二歩後退といった感じでもありますが、どれだけ何度も繰り返して同じ言葉を稽古しても、上演はたった4ステージしかないのでした。


たった4ステージ、おそらく6時間から8時間ほどで終わってしまうその全公演のためにわざわざ1年もかけてああでもないこうでもないと進んだり戻ったりするその「演劇」の「稽古」というのは、ものすごく非効率で、目的地までまっすぐ進まず回り道をするように、進んだり戻ったり、あちこちとわき目を振っているわけですが、効率よくそつなくこなし、あ、なんか、よく練習しましたね、はい、と終わってしまうよりは、不思議に宙吊りされた時間の中で、相変わらず頭を抱えながら、イプセンの人形の家から外に出ようと稽古は続いています。




2015年3月15日日曜日

3/11 represent


「一枚の写真はたんに写真家がひとつの事件に遭遇した結果なのではない。写真を撮ること自体がひとつの事件であり、しかもつねに起こっていることに干渉したり、侵したり、無視したりする絶対的な権利をもったものなのである。私たちの状況感覚そのものが、今日ではカメラの介入によって明瞭になっている」


と「反解釈」という膨大な「解釈」の本を書いたスーザンソンタグの写真論をその稽古で思い出したのは、その日がART ZONEという中京区にある建物にて稽古が行われ、その真っ白の壁に等間隔で写真が飾られていたからなのかもしれないし、その日の稽古で行われたことが、被写体を思わせるようなノーラとそれを眺めるパパラッチのような距離感で、見る、ことが強調されているけれど、その、見ている目を、こちらからは見ることができない、というそれは、雑誌に掲載された生活感のないファッション誌の写真は見ることができても、それを捉えたカメラは見たことがないこと似ていたりします。


ソンタグは、写真について、それが現実におきた「ひとつの事件」で、その現実ありのままの事件に遭遇した結果なのではなく、「つねに起こっていることに干渉したり、侵したり、無視したりする絶対的な権利をもったものなのである」というのですが、それはつまり、この写真がもしかしたらイプセンの人形の家の稽古写真ではないかもしれないし、というか、この写真からわかることというのはせいぜい、四人の人がいて何かを読んでいる、といった程度の事しかわからないものの、実際の部屋の中にはもっとたくさんの人がいたのにも関わらず、この写真の撮り手は、それらのほかの人を「無視」し、2時間以上続けていたはずの稽古の中でこの瞬間以外の時間を「無視」し、この写真の上部に写る黒い天井と、床と、奥の壁以外の、ほかの3方向それぞれの壁を「無視」することができるカメラ=見つめる機械、というのは、四方の壁と天井と床の六面の板のうち、その3枚も無視することができるくらいには現実を代理(represent)して、現実の出来事を再現(represent)するわけではありません。





イプセンの人形の家を語るとき、例えば簡単にお金の話ね、とか、女の悲劇ね、とか、演劇の古典ね、とか、フェミニズムね、などなど、他にもたくさん読まれるべきはずの要素を持っている人形の家のディティールを「無視」しながら、その戯曲のテーマに「干渉」し、常套句によって「侵したり」する事で人はその作品を簡単な言葉で表現(represent)あるいは説明(represent)し、物知りを演じ(represent)たりするのですが、それと似たやり方で写真は撮られている、というか、写真に撮られた出来事を「見る」ことはテキストなどを「読む」ことに相当(represent)し、そこにある事=言という二つのコトを「侵し」、「無視し」、「干渉」せざるを得ないのかもしれませんが、このクラスで読まれている人形の家は、このクラス特有の読み方、捉え方で、今までに世界各国で何度も再演(represent)されたであろうこの「人形の家」の上演(represent)を目指しています。





2015年3月5日木曜日

2015/3/4 これは私が書いたのか?


梅毒に侵されたスウィフトが、病床でガリバー旅行記の音読を聞きながらそう言ったと伝えられているのですが、少なくとも書店で売られているガリバー旅行記には作者:ジョナサン・スウィフトと書かれてはいるのです。


とはいえ、自分が書いた文章なんかあっという間に忘れてしまう、とスウィフトとは次元が全く違うのですが、ここの記事で「12/10 女はみんな生きている」という記事の中でヴァギナモノローグについ
て書いていたことを忘れていたまま、この前の記事(2015/2/4 「       」)にて思わせぶりにそれのタイトルを引用したりして、私が書いたにもかかわらず、まったく覚えちゃいない、ホントに自分が書いたんだっけ? とスウィフトに比べて非常に小さな慎ましい規模で共感をしてはいるのですが、前回の記事からかれこれ1ヶ月も経っているのは、このブログの書き手が怠慢だったわけではなくて、なんやかんや、あれやこれやでお休みが続いてしまったからなのです。


そうして1ヶ月のお休みを過ぎて、再び始まった稽古は、人形の家、に帰ってきたのですが、そこで渡されたテキストは村川さんが修正を入れた「人形の家」でした。


イプセンがそれを読んだとき、これは私が書いたのか? あるいは これは私が書いたのに、 と言うかもしれないそのテキストについて、いったいどんな編集がされたのか、ここで全文掲載なんてことはしませんが、ここで全文掲載、なんて事が出来ないからこそ、そこで何が起きていたかを書き辛い! とエクスクラメーション付きで書いたりしてみるのですけど、そこで何が起きていたかなんて書きようがないなあとも思うのは、村川さんが稽古終わりに「喋ってない人は誰なんだ」と自問自答をしていた、そして受講生も応答なし、ということは、誰にもわかっていない何かが起きていた、という事なのかもしれません。



イプセンは人形の家について、いったいどんなつもりでそれを書いたのか、本人に直接聞くことは出来ないのですが、それでもどういうわけか、イプセンの人形の家、と言えば誰しも、色々な注釈に囲まれた制度的な人形の家の中でゆったりと、ああ、フェミニズムの、お金の話で、演劇の、あれだよね、うんうんと物知り顔で幾らでも、人形の家と言う制度の中で説明できてしまうわけですから、随分とわかりやすく要約できる、まだ未発見の謎を作り出していく作業としての数時間は、そんなにわかりやすい人形の家の前で、鍵を失くして途方に暮れるようにして、再び人形の家の稽古は始まったのですが、イプセンが書いたはずの言葉は、村川さんが書き換えて、それを稽古しながら村川さんが「わからない」と言う段階で、一体それは、誰によって書かれた「人形の家」であるのでしょうか。







2015年2月5日木曜日

2015/2/4 「       」


今回の稽古では初めてイプセン以外のテキストを使用して、ちょっとした試みが行われました。


そこで使われた1990年代に初演を迎えたアメリカの戯曲は、いわゆる放送禁止用語と呼ばれる単語にまつわるモノローグで、それを女性たちが読み、男性がそれを聞いている、それを村川さんが見ている、という数時間の稽古でした。


一般的に口にすべきではないとされる言葉をあえて口にすることで、本当は何も問題がないはずなのに一体何がどうなっているのよ! と現実を告発するその戯曲を、日本人として日本語を母語とする私たちが臨場感を持って口にするためには、「ヴァギナ」という言葉では少し物足りないのかもしれません。


その、

《『ヴァギナ・モノローグス』(原題:The Vagina Monologues)は、アメリカのイヴ・エンスラーによって構成された一連の脚本、およびそれに基づく芝居の表題である。「ヴァギナ」は「女性器」、「モノローグス」は「独白(モノローグ)」の複数形であり、様々な女性たちが自らの女性器について語った内容が集められて構成されている。》

とウィキペディアに書かれたその戯曲を読んだ受講生の声を聞いた村川さんの感想は、なんだか、当事者の言葉に聞こえない、ということでした。


それから村川さんの指示は、みんなの「話すべきこと」を話すというやり方で、それぞれが任意の順番で自分の話すべきことを話すという事をやりました。


もちろん人が書いたテキストよりも自分の言葉の方が、リアリティを持って話すことができているようなのですが、少なくとも私たちが、ヴァギナという言葉で何かを語ることの嘘くささは無くなるようでした。

イプセンだろうとエンスラーだろうと私たちにとってリアルではない言葉の書かれた本の中にどんな臨場感を発見することができるのか、ということが今後の課題になるのかもしれません